「学校毎の貸与及び返還に関する情報の公開」がニュースになり、奨学金遅延者が増加している?と思い込んでいたが、実は奨学金の返還状況は改善している?

 先月の4月20日に下記のような記事を書きました。

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日本学生支援機構より、大学別の奨学金遅延に関する情報として「学校毎の貸与及び返還に関する情報の公開」が公開
http://cafework.seesaa.net/article/449169840.html?1493691547
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 その発端は、日本学生支援機構が「学校毎の貸与及び返還に関する情報の公開」したことがきっかけでした。

 大学ごとに、どの程度の学生が奨学金をかりており、卒業生のうち何人が返還遅延を起こしているかに注目が集まりました。

 大学によっては●●人も!?などと、返還遅延者の絶対数が議論の的になりましたが、よくよく考えれば、大学進学率も数十年前とは大きく異なることからも分かる通り、大学事業も異なっているはずです。

 今回は別の統計データを見てみると、意外な事実が見えてきました。日本学生支援機構の取組が実は近年しっかりしている?と思われるデータです。

<目次>
1.まず奨学金を返還しなくてはいけない人はどの程度いる?
2.3ヶ月以上の延滞者の数と、遅延率に注目してみる
3.では奨学金の何が問題なのか?





1.まず奨学金を返還しなくてはいけない人はどの程度いる?


 はじめに、奨学金を返還しなくてはいけない人の数を抑えておきましょう。実際のところどの程度いるのでしょうか?

 もちろん、毎年、奨学生だった大学生が卒業すれば、奨学金を返還しなくてはいけない人となるわけですので、毎年、増減があります。

 2008年~2014年のデータがありましたのでそれを見てみましょう。

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(出所)金融広報中央委員会「暮らしと金融なんでもデータ(平成29年度版)」


 このデータを見ると、奨学金の変換を要する人の数は、2008年以降、右肩上がりで増加しています。前年度比で見ていくと、毎年6~8%程度で増加となっています。

 この結果だけ見ると、確かに、大学を卒業して新社会人になった瞬間から一定の負債を抱えている若者が大量に増加している様子とも見て取れますね…


2.3ヶ月以上の延滞者の数と、遅延率に注目してみる


 では続いて、奨学金の遅延者の中でも、3か月以上の遅延をしている人の数を見てみましょう。

 同様に棒グラフで表示したものが下記となります。

2017-05-02_0002.jpg
(出所)金融広報中央委員会「暮らしと金融なんでもデータ(平成29年度版)」


 この結果を見てすぐわかる通り、2011年までは3か月以上の遅延者が増加していますが、2011年以降は減少が続いています。

 つまり、2011年以降も、返還を要する人の数が増加の一途をたどるのに対して、適正に返還している人が増加したということでしょう。

2017-05-02_0003.jpg

 さらに、「3か月以上の遅延率」として、返還を要する人の数に対する3か月以上の遅延者数の割合を見たものが上図となります。

 なんと、2008年から2011年では、3か月以上の遅延者数自体は増加していますが、「3か月以上の遅延率」で見ると、同期間でも、割合は低下しています。

 返還を要する人の数自体は増加の一途であるものの、知見を起こす人の割合は低下し続けており、奨学金の回収率は高まっているということになります。




3.では奨学金の何が問題なのか?


 昨今、奨学金の問題がクローズアップされています。貸与がいけないだのなんだのと。だから給付型の奨学金が必要だとかなんとか…

 上記の統計データを見る限りのいては、昨今、より多くの学生が貸与型の奨学金を使って学生生活を送り、社会人となって返還するようになっています。

 しかしながら、過去に比べて、割合で見れば、多くの人が遅延を起こさずに返還できるようになっている傾向が見て取れます。

 もちろん、毎月の給料等から、奨学金の返還は大変でしょうが、在学中に資金を貸し出し、社会人になった後に資金を回収するという、奨学金の仕組み自体はより優良なモノになっていると見て取れます。

 では何が問題かというと、貸与型の奨学金の仕組み自体が悪いのではなく、奨学金をかりないと大学生活が送れない学生が大学でメジャーになっていることが問題なのではないかと思うのです。

 大学で学ぶことは、個人の視点から見れば、ある種の投資とも考えられます。一定の金額を投じて、大学生活を通じてそれに見合った付加価値を身に付け、社会人になった後に投じた資金を回収する。

 つまり、従来はそう考えても良かった投資対象である大学生活が揺らいでいるのではないでしょうか。投資対象としては、あまり魅力を感じるものではなくなってきたということかしら。